大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成元年(く)158号 決定 1989年9月18日

少年 K・Sこと

T・E(昭47.4.3生)

主文

原決定を取り消す。

本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、申立人ら連名の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

第一  原審審判手続及び原決定に関する法令違反の主張について

一  抗告申立書の所論は、原審の審判手続又は原決定には、(ア)裁判官が附添人に対し記録の閲覧、謄写(以下、「記録閲覧等」という。)を十分に行う機会を与えなかつた違法、(イ)家庭裁判所調査官による調査結果を非行事実を積極的に認定する資料とした違法、(ウ)捜査機関からの、Aが捨てたと述べる場所から凶器が発見されなかつたことや事件現場の状況等に関する捜査記録の送付が遅滞していたのに、これを放置した違法、(エ)原審裁判官が原決定言渡しの際に少年に対し非行事実及び要保護性の各認定理由を少年が十分理解し得るように説示しなかつた違法があり、これらの法令違反は、いずれも原決定に影響を及ぼすものであるというのである。

二  よつて記録を調査して検討すると、以下のとおりである。

(1)  所論主張(ア)について

本件の関係資料は相当大部の量に及ぶものであるが、原審は、少年に対し観護措置をとつた上、5期日にわたつて審判を開き、うち4回の審判において少年をはじめ証人(3名)、参考人(2名)、保護者らの陳述を聴取しているところ、附添人らは、常に審判に立ち会い、右陳述聴取においても詳細な質問を行い、さらに事実面、法律面及び処遇面にわたる綿密な意見を記載した書面(計6通)を原審に提出しており、なお、原決定言渡しまでの間に3回にわたつて記録の閲覧等の許可申請をして、いずれも認められているのであつて、記録上窺われるこのような附添人らの活動から見て、附添人らとしては与えられた記録閲覧等の時機や時間等が意に満たないものであつたにしても、原審における附添人に対する記録閲覧等の機会の付与について決定に影響を及ぼす法令の違反に当たるような事情があつたものとは認められない。

(2)  所論主張(イ)について

原決定が、同判示非行事実第三に関して、少年の防衛行為がやむを得ない行為であつたかどうかを判断するに当たり、「少年は、捜査段階以来、このことに関して、殴られたり、蹴られたりして恐ろしかつたけれども、生命までは奪われる不安はなかつた旨述べており、このことは当庁の調査官にも同趣旨のことを述べていること」を挙げて、少年の家庭裁判所調査官に対する供述を、防衛行為がやむを得ない範囲を超えたもので、過剰防衛であると判断することの一資料としていることは、所論の指摘するとおりである。

しかし、原決定が少年の家庭裁判所調査官に対する供述を右のような判断の資料としたことがかりに違法であるとしても、少年が「○○」の者らにより暴行を受け、追跡された当時生命を奪われるとまでは思わなかつたことは、少年の家庭裁判所調査官に対する供述を除いても、原決定も挙げている少年の捜査官に対する供述その他によつてこれを認めることができるから、その違法は原決定に影響を及ぼすものとは認められない。

(3)  所論主張(ウ)について

少年保護事件が家庭裁判所に送致されて係属した後に関係捜査機関が追加的に捜査結果の資料を作成した場合には、同機関は、可及的速やかにこれを家庭裁判所に送付すべきであることは当然であるが、記録によれば、本件の関係捜査機関がことさらに関係資料の追加送付を遅滞させたものとは認められないほか、その送付の時期について原決定に影響を及ぼす法令の違反に当たる事情があつたものとも認められない。

(4)  所論主張(エ)について

記録によると、原審裁判官は、原決定を適法に言い渡したことが認められ、原決定の言渡しについて、決定に影響を及ぼす法令の違反に当たる事情があつたものとは認められない。

第二  殺意の不存在及び正当防衛の主張について

一  つぎに、所論は、原決定判示の非行事実第三について、少年には、被害者A及び同Bに対しいずれも殺意がなかつたから、少年のAに対する行為は傷害罪の、またBに対する行為は傷害致死罪の各構成要件に当たるにすぎず、しかも、これらの各行為は、いずれも少年が自己の生命、身体を守るためにした正当防衛として違法性が阻却されると認めるべきであるから、原決定には重大な事実誤認及び決定に影響を及ぼす法令の違反があるというのである。

二  よつて検討すると、まず、原決定が判示する非行事実第三は、おおむね、次のとおりである。

「(本件に至る経緯)少年は、平成元年四月ごろから千葉県浦安市内のC方に止宿し、C、D、E、Fらの中国帰国者子弟の少年らを中心とする暴走族を結成し、名称を「○△」と名づけ、Cを一応リーダーにし、自動二輪車と原動機付自転車に乗り、遊びで知り合つた女子高校生などを後部座席に乗車させて葛西、浦安方面を走行していた際、同じく同所付近を走行している暴走族「○×」及び「××」の構成員らを知るようになつた。ところで、「○×」と「××」の両暴走族は、市川、松戸周辺を根拠地とする暴走族「○○」との仲が悪く、たびたび抗争を繰り返していたが、ついに平成元年五月二七日、「○○」の構成員から「××」の集結地である浦安市○○×丁目××番××号所在の通称○○駐車場に屯する「○×」、「××」の構成員に攻撃を仕掛ける旨の挑戦を受けた。少年の属する「○△」は、「××」の構成員から助勢を頼まれたが、「○△」の中で意見がまとまらず、結局、抗争を見るために、Cは自己の自動二輪車を、他の者は他で窃取した自動二輪車3台を使用することにし、C運転の車にG子、D運転の車にH子、E運転の車にI子の各女性が、F運転の車に少年が後部に同乗し、Dを除く少年らは、他から窃取した刄体の長さ10.7センチメートルの万能ナイフ一丁を各自携帯し(少年は同ナイフを右腰に吊り下げた。)、C方を出発して、同月28日午前零時過ぎごろ前記○○駐車場付近道路に到着した。しかし、そのころには、同駐車場に集結した「○×」、「××」の構成員らは、鉄パイプ、木刀等で武装した五十余名の「○○」の構成員らにより急襲されてすでに離散していて、同所は「○○」の構成員らにより占拠されるところとなつていたが、このことを知る由もない少年らは、角材、鉄パイプ、木刀、野球バツト、物干竿などを所持していた十数名の「○○」の者らに取り囲まれて誰何され、「×○」若しくは「△○」と応答したところ、女性を除く5名の者が暴行を受けるに至つた。少年は、眉間に頭突きを受け、後部から羽交締めにされ、腰部付近を鉄パイプで殴られ、口唇付近を野球バツトの根元で突かれるなどの暴行を受けたものの、その隙を狙つて同所から逃げ出した。現場付近にいた「○○」の数名の者は、おのおの角材、鉄パイプなどを携え、そのうちBにおいては鉄パイプ様のものを携行し、また、現場からやや離れた地点で事態を知つたAは素手で、それぞれ少年を追尾した。」

「(罪となる事実)少年は、逃走して浦安市○○×丁目××番先○○マンシヨン前駐車場付近に至つたが、

一  同日午前零時30分ごろ、右○○マンシヨン前駐車場付近において、A(当21歳)に追いつかれ、両肩を掴まれた際、同駐車場の奥は金網で囲まれた垣根であることから、その場から逃れるためには所携のナイフを使用し、同人を突き刺してひるんだ隙に同所から逃走しようと考え、その際、同人が場合によつては死亡することもやむを得ないものと認容して、振り向きざまに右手に持つた前記ナイフで同人の左側腹部を突き刺し、同人に加療約一箇月を要する左側腹部刺創、左腎裂傷、結陽破裂の傷害を負わせ、殺害の目的を遂げず、

二  ついで、同時刻ごろ、前記Aに次いで少年の後方に追いつき所携の鉄パイプ様のもので少年の頭部付近を殴打したB(当時17歳)に対し、前記同様、所携の前記ナイフを使用し、同人を突き刺してひるんだ際に同所から逃走しようと考え、その際同人が場合によつては死亡することもやむを得ないものと認容し、振り向きざま右手に持つた前記ナイフで同人の左上腹部を突き刺し、同人を、心房に達する左上肺部刺切創による失血に基づき死亡するに至らせて殺害したものであるが、

少年の以上の各行為は、自己の身体及び自由に対する急迫不正の侵害に対し、自己の権利を防衛するためにしたもので、防衛の程度を超えたものである。」

三  つぎに、原決定が判示する右非行事実第三について、記録中の関係証拠により認められるその他の事実を補足すれば、つぎのとおりである。

(一)  少年及びCら4名が、うち4名において万能ナイフを携え、女性3名を連れて自動二輪車に分乗して○○駐車場に赴いたについては、「××」及び「○×」と「○○」との抗争に当たり前者に加勢する意図があつたとは認められず、抗争の模様を見るとともに、もし抗争が終つて前者の者らが現場に残つているような場合には、その者らに、ナイフを腰に吊り、女性を連れているという恰好の良いところを見せたいという意図であつたものと認められる。そして、少年らは、当時右駐車場に集つていた「○○」の者らを誤つて「××」や「○×」の者らと思い込んで同駐車場に近づき、その近くに停車したものである。少年らがC方を出発する際に右駐車場付近に到着した後抗争の成り行き如何によつては抗争に巻き込まれ、「○○」と争うことになる可能性について考えなかつたかどうかであるが、その点については、少年らは、女性を連れて行つたことから窺われるように、あまり深く考えていなかつたと認められる。なお、原決定には判示されていないが、少年らがC方を出発した時刻は、5月28日午前零時過ぎごろで、約5分程度で現場に到着したものである。

(二)  少年らは、県道○○を東京方向から来て○○駐車場角近くの交差点の角に停車したが、停車するや、原決定の前記判示のとおり、手に手に鉄パイプ等を持ち、殺気立つた「○○」の者ら十数名に取り囲まれ、「お前らどこだ」と尋ねられ、佐々木が「×○だ」と言うと、「○○」の者らは「知らない」と言うので、Eが「△○だ」と答えたところ、少年ら5名は、たちまち「○○」の者らに自動二輪車から降ろされて暴行を加えられたのであつて、その状況は、次のとおりである。

(イ) 少年は、着ていたティーシャツを引張つて破られ、後方から羽交締めにされ、腰部付近を鉄パイプで殴られ、口唇付近を野球バツトの根元で突かれる等された。

(ロ) Dを除くCら3名は、いずれも鉄パイプ様の棒などで、頭部その他身体を滅多打ちされ、Eは意識がうすれて頭を抱えてうずくまり、Fはその場に倒れる有様であつた。Dは辛くも逃げることができた。

(三)  少年は、隙を見て全力疾走で逃走を図り、車道(片側二車線の広い道路であつた。)を斜めに横断して(途中右足の腿を野球バツトで一回殴られた。)、反対側の歩道に出た。Aは、少年らが暴行を受けた場所から約50メートル離れた地点(車道の縁)で少年の逃走を認め、車道を渡つて追いかけ、反対側歩道で少年に近づき、足蹴を加えたが(その地点までの少年の逃走距離約50メーール余)、功を奏せず、少年は歩道上を二十数メートル走つたところ、左側に幅約6メートルの道が見えたので、その道の方が逃げやすいと咄嗟に思つて左折したが、その道は、通り抜けられる道ではなく、奥の駐車場に通ずる入口であつた。少年は、自分よりも体格の大きそうな男(A)が追いかけて来て、次第に近づいて来るのに気づいていたが、自分を追いかけて来るのはその男1人だけでなく、数名、あるいはそれ以上の者が手に鉄パイプなどを持つて追いかけて来るものと推察して、気持の上でも追い詰められ、この上は、このまま彼等に追いつかれて滅多打ちにされるよりは、所携の万能ナイフ(以下、「本件ナイフ」という。)で近づく者を刺し、そのひるむ際にできるだけ逃げようと考え、腰に吊した本件ナイフをはずして右手で握り、同所道路上ないし駐車場(道路入口より十数メートルないし二、三十メートルの地点)において、原決定判示のとおりA及びBを突き刺し、Aを死亡させるに至らなかつたが、Bを死亡させたものである。

(四)  少年は、Bを刺した後、さらに十数メートルほど奥に逃げたが、追跡して来た10名近い者らに追いつかれ、スコツプを頭に投げつけら、れてその場に倒れ、さらに角材、鉄パイプ等で滅多打ちにされて意識を失つてしまつた(その後意識を回復し、駐車場奥の金網を乗り超えてC方に帰り着いた)。

(五)  少年は、「○○」の者らによる右当初からの暴行の結果、頭部外傷、両大腿打撲、顔面・左上腕・左肩・背部挫傷、左手挫傷、左第五指基節骨骨折の傷害(全治まで約三週間を要するもの)を受けた。

以上のような事実が認められる。

四  所論は、少年にはA及びBに対する殺意がなかつた旨主張する。

しかし、少年が使用した本件ナイフは、原決定が「附添人の主張について」の項の中の「殺意について」と題する箇所で判示しているとおり、屈強のものであつて、これを手にする者は、誰でも、もしこれで腹部より上の人体を強く突き刺せば、臓器の損傷や多量の出血により死亡の結果を招く可能性の高いものであることは、直ちに了解するはずである。

そして、記録中の証拠によれば、少年は、捜査官に対し、本件行為の前後の状況及び行為の状況につき具体的かつ詳細な供述をしているものであつて、同供述は、関係者の供述や関係証拠により認められる現場の状況とも符合し、大筋においてその信用性を肯認し得るところ、同供述において、少年は、A及びBの各腹部めがけてナイフを力一杯突き刺した旨を自供しており、同日少年がC方に帰着した後に仲間の女性3名らに対し、「相手の腹を刺した」旨を述べていることをも併せて考えると、少年が当時A及びCに対しいずれもその左腹部を刺すものであることを認識しながら、相当強い力でナイフを突き刺したことが認められる。

もつとも、この点について、少年は、原審審判廷において、「振り向きながら、ナイフを前に出すと、突つ込んで来た男(A)に刺さつてしまつた。」、「さらに、逃げたところ、後ろから殴られたので、振り向いて、下を向いたままナイフを前に出して構えたら、相手に半分刺さつた。」などと供述しているが、それ自体その場の状況にそぐわない行動を述べるものである上に、前記少年の捜査官に対する供述とも対比して、たやすく信用することができないものである。

以上のほか、原決定が「殺意について」と題する箇所で判示している被害者両名の各創傷の部位と程度、少年の行為の状況等をも併せて考察すれば、少年は、当時、前記のとおり追い詰められた気持にあつたとはいえ、なお、本件ナイフで突き刺した結果相手方のA、Bが場合により死亡するに至るかも知れないが、それもやむを得ないとの認容の意思、すなわち未必の故意の下に両名をそれぞれ突き刺したものと認められる。

以上のとおりであつて、この点の所論は失当である。

五  さらに、所論は、少年がA及びBをそれぞれ突き刺した各行為は、いずれも正当防衛である旨主張する。

(1)  まず、少年らが自動二輪車4台に分乗して○○駐車場角付近に乗り込んだ行為は、不用意なことではあつたが、暴走族「○○」に対する闘争を挑発する意図をもつてなされたものでないこと、また、乗り込んだ状況も闘争を挑発する態様のものでなかつたことは、前記認定事実から明らかなところである。実際、「○○」の者らが少年らに暴行を加えたのは、少年らが乗り込んで来たこと自体や少年らの携帯していた本件ナイフに刺戟されたからではなく、少年らが「△○だ」と答えたため自分らの敵対関係にあるグループだと考えたことによるものである。そして、「○○」の者らは、彼我の人数の差からしても到底自分らに闘争を挑むとは認められない少年らに対し、多人数でいきなり手にした鉄パイプ等を振つて暴行を開始したものであり、それらの暴行は、その後のA及びBの各行為をも含めて、少年の身体に対する急迫不正の侵害であつたと認められる。

(2)  つぎに、少年が所携の本件ナイフでA及びBの身体を突き刺した各行為がいずれも自己の身体を防衛するためのものであつたことも、前記認定事実のとおりである。

(3)  さらに、少年の右各行為がやむことを得ないものであつたかどうかについて検討すると、まず、正当防衛の法理として、防衛行為が「已ムコトヲ得サノレニ出テタ」(刑法36条1項)かどうかを判断するに当たつては、軽微な権利を防衛するために侵害者の重大な法益に反撃することは許されないこと等を要請する、いわゆる行為の相当性が考慮されなければならないが、このことは、彼我の法益侵害の権衡を強調するあまりに、防衛者にその置かれた具体的状況上実行困難なことを強いるものではないとともに、防衛行為が相当性のあるものである以上、その結果が重大であつても、正当防衛であることを妨げるものではないと解されるのである。

ところで、少年は、○○駐車場角の交差点角付近に到着するや、たちまち「○○」の者らから一方的に前記三(二)(イ)において示したような手荒い暴行を加えられ(なお、少年には、同(ロ)において示した仲間のCら3名が受けた暴行の状況の一部も当然目に入つたはずである。)、必死に全力で逃走したが、車道を渡り終つた歩道上で自己より体格の大きそうな男(A)に足蹴を試みられ、さらに逃走を続け、咄嗟の判断で通り抜けられると思つて左折した道が、駐車場に通ずるもので、通り抜けられそうにないと感じ、背後からはその男が刻々迫つて来ており、さらにその後方から多数の者が鉄パイプ等を持つて追いかけて来ると推察され、このままそれらの者に掴まれば、いわゆる滅多打ち、袋叩きにされて徹底的に痛めつけられることが確実に予期される状況となり、しかも、この暴行は、客観的には、○○駐車場角近くの交差点角付近における少年ら4名が受けた暴行の状況、追跡者らの人数、その所持する兇器等から見て、兇器の当たり所によつては致命傷を生じさせかねないようなすさまじいものであることが予想されたのであつて、このような危機的状況下においては、その際少年の意識の中に滅多打ちされた結果殺されてしまうということまでは浮かばなかつたにしても、少年が自己の身体を防衛し、血路を開いて少しでも逃げ延びようと考えて、携えていた唯一の道具である本件ナイフを使用して抵抗することを、そのナイフの殺傷力が大きいからとして許さないとすることは、少年に無抵抗を強いるに等しく、できないことといわなければならない。

さらに進んで、少年が当時防衛のために本件ナイフを使用することが許されたとしても、少年として、相手方の腹部のような枢要部ではなく、手や足のようなそれ以外の部位を対象として相手方の攻撃を一時頓挫させる方法をとるべきであつたかどうか等について考察すると、当時少年の置かれていた危機的状況は前記のとおりであり、かつ、少年の恐怖、興奮はいやが上にも高まつていたと考えられ、追跡者らに刻々に迫られているという焦燥感も加わり、Aの場合は追いつかれて肩に手をかけられ、さらにBの場合は後方から鉄パイプ様のもので頭部を殴打されたのであつて、当時の少年は、まさに心身ともに追い詰められたというべく、本件ナイフで相手を突き刺すにしても、その腹部ではなく、手足など枢要部以外の部位を狙うようにし、また、かりに腹部を刺すにしても手加減をして刺すようにするというような余裕はなかつたか、又は少なくともそのようにすることは著しく困難であつたと認めざるを得ないのである。

また、少年は、A及びBを突き刺した際、前記のとおり、未必の故意を有していたにとどまり、両名を殺害する確定的故意を有していたものではない。

以上の事実関係を前記法理に照らして考えるとき、少年の各行為は、やむを得ないものであつて防衛の程度を超えたものではないと認められるのである。

(4)  この点について、原決定は、少年が「被害者らから執拗ともいえる暴行を受け、そのため少年が恐怖、興奮などの混乱した心理状況の中で、逃走したものであることは認められるが、少年は捜査段階以来、このことに関して、殴られたり蹴られたりして恐ろしかつたけれども、生命までは奪われる不安はなかつた旨述べており、このことは当庁の調査官にも同趣旨のことを述べていること、更には弁護士である附添人が4名も選任され、度々、少年と接見したのちにも、その供述内容を変えることがなかつたことなどに徴すると、この段階では少年の生命に対する急迫の侵害が存在したとまでは到底考え難く、ただ、少年の身体及び自由に対する侵害が認められるに過ぎないというべきであり、そうであれば、上記状況下にある少年としては、逃走経路にある営業中の弁当屋及び周辺の住民に救助を求めるか、大声を出してナイフの存在をちらつかせ、あるいは、振り回して威嚇するとか、万一、ナイフを使用しても、身体の枢要部以外の部位を対象とするなど、相手方の攻撃を一時頓挫せしめる方法をとるべきであるのに、事ここに出でず、2名を刺突し、1名死亡、1名重傷の結果を負わせたというが如き行為の態様、結果の重大性に徴すれば、少年の本件所為は、前後を通じて全体としてみれば、社会通念上、防衛行為として、已むを得ないといえる範囲を逸脱して、防衛の程度を超えたものと認めざるを得ない。」と判示し、正当防衛の成立を認めず、過剰防衛と認めている。

しかし、当時、少年は全力疾走で逃走しているのに相手方はすぐ背後に追いついて来ており、少年には、「逃走経路にある営業中の弁当屋及び周辺の住民に救助を求める」ような余裕はなかつたと認められ、かりに救助を求める大声を出したところで、効果があつたとも認められない。また、追跡して来る相手方は大勢であり、もし少年が「大声を出してナイフの存在をちらつかせ、あるいは、振り回して威嚇」しても、一瞬相手方をひるますことはできても、かえつて相手方の闘争心を煽り、結局ナイフも叩き落されて、一層手ひどい暴行を受けることになつたものと考えられる。さらに、たしかに当時少年の意識には相手方から殺されてしまうということまでは浮かばなかつたと認められるが、であるからといつて、少年の置かれた当時の状況上「ナイフを使用しても、身体の枢要部以外の部位を対象とするなど相手方の攻撃を一時頓挫せしめる方法をとる」余裕はなかつたか、又はそのような方法をとることは著しく困難であつたと認められることは、前記のとおりである。なお、防衛行為が相当性を有する以上、結果が重大であるからといつて正当防衛であることを妨げられないことも、前記のとおりである。

以上のとおりであつて、原決定のこの点の判断は、首肯することができないものである。

六  以上に考察した結果を総合すれば、原決定判示の非行事実第三の各行為は、過剰防衛ではなく、正当防衛の範囲内にある行為として、刑法36条1項により罪とならないといわなければならない。従つて、各行為が過剰防衛であつて殺人未遂及び殺人の各罪が成立するとした原決定には、事実誤認又は法令の違反があるといわざるを得ない。

第三  結論

原決定の理由には、なお、同判示非行事実第一(窃盗)及び第三(銃砲刀剣類所持等取締法違反)があるのであるが、原決定が認定した非行事実の中で優越して重要性のある第三の事実が罪とならない以上、原裁判所においてあらためて少年に対する処遇を検討することが必要である。すなわち、原決定の前記事実の誤認又は法令の違反は、原決定主文に影響のあるものとして、重大な事実の誤認又は決定に影響を及ぼす法令の違反であるといわなければならない。

本件抗告は理由がある。

よつて、抗告申立の理由中処分の不当を主張する論旨に対する判断を省略し、少年法33条2項により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である千葉家庭裁判所に差し戻すことにして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大久保太郎 裁判官 坂井智 生島三則)

〔参考1〕送致命令

決定

国籍 中国黒竜江省○○

住居 東京都新宿区○○×丁目×番××号

(喜連川少年院在院中)

K・Sこと

T・E

1972年4月3日生

右少年に対する殺人、同未遂、窃盗、銃砲刀剣類所持等取締法違反保護事件について平成元年7月21日千葉家庭裁判所が言い渡した中等少年院送致決定に対し、附添人弁護士○○外2名から適法な抗告の申立があり、これに対し、当裁判所は、同年9月18日原決定を取り消し、事件を千葉家庭裁判所に差し戻す旨の決定をしたので、少年審判規則51条に従いさらにつぎのとおり決定する、。

主文

喜連川少年院長は、少年を千葉家庭裁判所に送致しなければならない。

(裁判長裁判官 大久保太郎 裁判官 坂井 智 生島三則)

〔参考2〕原審(千葉家 平元(少)2150号、2280号、2281号 平元7.21決定)<省略>

〔参考3〕抗告申立書

抗告申立書

殺人・殺人未遂、窃盗、銃刀法違反保護事件

少年K・SことT・E

右少年に対する頭書事件(千葉家庭裁判所平成元年少第2150、同第2280、同第2281号)につき、千葉家庭裁判所が1989年7月21日なした中等少年院送致決定は不服であるので、抗告の申立をする。

1989年8月3日

付添人弁護士 ○○

同 ○○

同 ○○

東京高等裁判所 御中

抗告の趣旨

一、原決定を取り消す。

二、本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。

との決定を求める。

抗告の理由

原決定には、決定に影響を及ぼす重大な事実誤認ならびに法令違反があり、原決定の処分は著しく不当であるので、以下に、詳述する。

第一、非行事実の認定について

窃盗、銃刀法違反に関する非行事実の認定については、特に争うところはないので、以下、殺人罪、殺人未遂罪の事実認定についてのみ述べる。

原決定は、少年のBに対する行為を殺人罪に、Aに対する行為を殺人未遂罪に各々該当し、過剰防衛にあたると認定した。しかし、該認定は重大な事実誤認ならびに法令違反に基くものであって、少年の行為は、傷害致死ならびに傷害罪に該当し、かつ正当防衛として違法性が阻却されると認定されるべきである。

一、少年の行為の構成要件該当性……殺人の故意の有無

原決定が、少年に殺人の故意があったと認定した根拠として挙げているのは、<1>凶器の形態、<2>創傷の部位、<3>少年の警面調書における供述などである。

1、凶器の形態と創傷の部位

(一) 凶器の形態

本件で使われたナイフは、刄体の長さ10.7センチメートルのステンレス製万能ナイフであって、いわゆるサバイバル・ナイフとして、登山やキャンプなどで、木の小枝を切ったり栓抜きや告切り代わりに用いられたりするものである。少年は、中国の貧しい山村に生まれたのであるが、そこでは、村人は皆、山から切ってきた薪を煮炊きや暖房に使っていたため、大人も子供も、山歩きや遊びに小刀やナイフを使用することは日常茶飯事であった。このような思い出があったため、少年は、つけていれば「格好いい」というだけで、他にさしたる目的もなく本件ナイフを携帯していたものである。

本件ナイフは、その形態のみからすれば、殺人罪の凶器足りえないというものではない。例えば、このナイフを用いて、相手の心臓を狙って刺したとすれば、確かに殺人の故意が認められるであろう。他方、出刄包丁、牛刀、日本刀などと比べれば、その凶器を相手に向けたこと自体をもって、殺人の故意の存在を推定させるような凶器とは言い難い。現に、千葉家庭裁判所昭和57年少第4396号殺人未遂保護事件においては、刄体の長さが、本件ナイフとほぼ同様(10.9センチメートル)の小刀で、被害者の上腹部を刺した行為について、傷害と認定した上、保護観察処分を決定している。

(二) 創傷の部位

次に、原決定は、創傷の部位を具体的に示し、「被害者Bの死因となった上腹部左側の刺創は腹腎と腹膜並びにこれに続く横隔膜を切断して腹腔内に達し、肝臓左葉を深さ約1.5センチメートルに刺切して後方上に向い心嚢付着部の横隔膜を上下並びに前後約12センチメートルにわたり刺切して心嚢内に達するというもの、また、Aの腹部の刺創の部位は、左側腹部であって第9肋骨を切断する形で形成され、左側腎臓、結腸の1部を損傷しているというもので、本件ナイフをもって一突きで、かなり強い力をもって被害者の体内に刺入されたものであるとの治療医の所見」であるとの点をもって、少年に殺意があった根拠とする。

しかしながら、これらは、少年の行為の結果であって、故意の問題としては、少年にこのような結果に対する認識・認容ないし予見がなければ、殺人の故意があったとは言えない。ところが、原決定は、少年がこのような結果を認識・認容していたか否か、すなわち、腹部を狙って刺したのか否か(この点については、後に詳述する)については、ほとんど触れることなく、このような人体の枢要部位を刺した以上は、死の結果を認容したというべきであると判断している。

(三) 凶器の形状・創傷の部位と殺人の故意との関係

凶器の形状や創傷の部位のみから殺意を認定しえないことについては、左記の判例も指摘しているところである。すなわち、

被告人が常時刄物を携帯し、事があれば容易に刄物三昧に及ぶ者であったとしても、当初から凶器を用いて相手方を殺傷するつもりはなく、被害者と些細なことから口論の上、格闘となり、組み伏せられて首を絞められた苦しまぎれに被害者を突き刺したのであって、その際、被害者の腹部であることを意識して突き刺したのでなかったばあいには、被告人には、殺人の故意をみとめることはできない(東京高判昭29.4.28、判時40-79)。

被告人が、未知の被害者と道路上で口論をしたところ、突然格闘の態勢に出られたので、たまたま携帯していた比較的小型の匕首で、その機先を制して被害者を突き刺したばあいに、特に腹部を目がけて突いたともみられず、また、被害者を早速病院に連れていったことなどがあるときは、未必的故意の存在を肯定しうるものではない(福岡高判昭31.3.31、高等刑裁特報3-8-378)。

などである。

ましてや、本件は、原決定も認めるように、急迫不正の侵害に対し、防衛の意思をもって為された防衛行為である。少年は、真後ろから被害者らに襲いかかられ、さらに追っ手は、他に10人も迫っており、行く手は行き止まりという状況において、ただただ「こわくて夢中で、目をつぶって、顔を伏せたまま、振り向きながらナイフを持った右手を前に伸ばしたら、相手が自分の方に迫って来たので、その勢いで刺さった」(少年の審判廷での供述)のである。少年と被害者らの距離は、いずれも、被害者らが手を伸ばして少年に触れられる程度の距離であり(この点については、後に詳述する。)、振り向きざまであったことから、少年には、被害者の身体のどの部位を刺すという意識は全くなく、「腹部であることを意識して刺した」のでも、「腹部を狙って刺した」のでもないのである。

(四) 傷害、傷害致死の結果と被害者らの行為の関係

原決定が指摘する刺創の深さや幅は、むしろ被害者ら(Bの場合には、他の男の行為を含む)の行為に帰因するものである。すなわち、Aの場合、後から全速力で少年を追跡してきて、正に少年を襲おうとした勢いによるものであり、Bの場合、同じく、少年を追跡してきて、鉄パイプ用のもので少年の頭部を殴りかかっていたときに刺され、ナイフが刺さっている間に、他の男達が追いついて少年を殴り続けていたために(少年の検面調書41丁表、少年の審判廷における供述)ナイフが腹部内で上下前後に動き、上記のような刺創となり、これが死因となるに至ったのである。

原決定は、治療医の所見が、「本件ナイフをもって一突きで、かなり強い力をもって被害者の体内に刺入されたものである」として、この点も殺意の認定の根拠足りうるかのように言うが、法律家としての独自の判断を忘れたものと言う他ない。言うまでもなく、治療医に、犯行態様までわかろうはずはなく、法律家としては、たとえ、治療医がこのように供述していようとも、この供述とは逆に、被害者の方が、「かなり強い勢いをもって、加害者に向かって来た場合」にも、同様の刺創はできるということに思いを致すべきである。

したがって、刺傷の部位ならびに形状のみからも、少年の殺意を認定することはできない。

2、少年の供述

原決定は、前記審判廷における少年の供述について、これに反する警察官に対する供述があるので信用できないという。

ところが、警面調書のどの部分から殺意を認定したのかという点については、「被害者らの左脇腹を力一杯突き刺した旨自供している」、「犯行後、同趣旨のことを聞いた旨の関係人の供述調書がある」(誰のどのような供述であるかさえ、指摘していない)というのみで、きわめてあいまいである。

(一) 少年の警面調書の作成状況

少年は、10才のときまで中国で育ったため、その日本語での表現力は、簡単な日常会話ができる程度で、殺意の認定にかかわるような微妙な事実関係の説明や自らの意思内容を正確に伝えることは困難である。しかも、逮捕された際、少年は、自己の行為により人1人が死亡し、他の1人も重傷を負ったということに強い精神的ショックを受け、食事も全く取れない状況であった上、自らもまた○○の少年達に襲われた際の怪我の痛みに苦しんでいたのである。ところが、警察官は、このような少年に対し、満足な治療もせず(医師の診察を受けさせたのは、勾留期間を通じて2回のみで、その他は、投薬や包帯の取り換えなど一切なし)、毎日、朝の9時ころから夜の10時ころまで、延々と取り調べ、時には、朝5時に起こして実況検分に立ち合わせたり、夜中の2時まで取り調べたりしたのである。その取り調べも、少年が真実を話そうとすると机をたたきながら「日本の警察をなめているのか。」と怒鳴ったり、理詰めで執拗に少年に迫って少年の言い分を封じ、警察官の心証どおりの供述を強要したりしたもので、少年の供述調書には任意性がない(少年の審判廷での供述、付添人に対する供述調書)。

(二) 警面調書等にみる殺意の否認

ところが、その警面調書ですらも、殺意を認めた供述として確たるものはない。せいぜい、いかにも上記のような状況の下に警察官が『作文』したと推測させるような「左脇腹を力一杯刺した」とか「殺る気で殺った」(該記載について少年は、審判廷において、「こんなことを言った覚えもないし、ましてや「やる」という日本語に「殺す」という文字が使われるなどとは全く知らなかった」と述べている。)などという記載があるのみである。「腹めがけて刺した」旨の記載はあるが、少年の未熟な日本語能力と理解力では、『結果的に腹に刺さった』ということと『腹めがけて刺した』ということとの違いはわからない。

殺意についての明確な記載という意味では、むしろ、原決定が信用するという捜査段階での供述調書類にすらも、次のような記載があり、少年自身、警察段階から、検察、審判にかけて一貫して殺意はない旨供述しているのである。

まず、警察官の誘導や強制が最も排除されていると推測される逮捕直後の弁解録取書において、

「私は、ナイフで、男の左側お腹を刺したことはまちがいありませんが、殺そうと思って刺したのではなく、相手が襲って来たので傷だけつけようと思い刺したのです。」(○○警察署司法警察員作成の平成元年5月30日付弁解録取書)と記載されている。ただし、ここでも、少年自身、あるいは、起案にあたった警察官が、「ナイフがお腹に刺さった」と「ナイフでお腹を刺した」の違いを意識していたかどうかは疑わしい。

次に、平成元年6月9日付警面調書では、

「問、そのナイフを使い男を刺せば、死ぬということは考えなかったか

答、今、考えて見るとナイフを使って刺せば死ぬようなことも考えられますが、

俺は、その時は、夢中であって、とにかく追って来る男を刺してしまえば、他の男も追って来ないし、俺は逃げられると言うような気であったのです。」

と述べている。

検面調書においてすらも、

「問、君は、この男を殺そうと思ったのか。

答、僕はその時腹を刺せば大丈夫だと思いました。

問、大丈夫というが、死ぬかもしれないということは、考えなかったのか。

答、それは後で考えたことで、その時はそこまで考える程冷静ではありませんでした。」と記載されているのである。

また、少年が審判廷で述べた『相手の勢いで刺さった』という点についても、次のような記載から、捜査官の様々な誘導にもかかわらず、少年が一貫して主張し続けていたことが伺える。

「相手が自分のことを走って追って来ていたので、いきおいもあったので、最初に刺した人が死んだと思います。」(平成元年5月30日付警面調書)

「この男は、俺がナイフを持っているのに気づかなかったのか、俺にぶつかるようにしてきました。」(平成元年6月9日付警面調書)

観護措置決定の際の左記供述が、当初の弁解録取書と全く同趣旨であり、審判廷での供述と一致しているのも、少年の本来の主張が一貫していることを物語っている。

「両方とも、殺そうとは思っていません。両方ともケガをさしてそのすきに逃げようと思ったのです。両方とも振り向いた時、おなかしか見えなかったので、そこを突いたのです。ケンカをしに行ったのではありません。両方とも憤激しとありますが、自分がやっつけられると思い怖かったのでナイフで刺したのです。」

原決定は、右のような供述をどう解釈するのかには全く触れることなく、殺意を肯定するに都合の良い部分のみを取り上げているもので、理由不備もはなはだしい。

捜査段階の供述調書が、おうおうにして捜査官の誤導や誘導によって作成されるものであることは、各種冤罪事件の例を挙げるまでもないことであるが、少年事件の場合には、その判断能力の未熟さ、捜査官の言動や身柄拘束が少年に与える恐怖心・抑圧などにかんがみれば、成人の場合にも増して、その任意性、信用性に留意すべきは当然のことである。少年法の理念から見ても、少年審判の裁判官には、単に供述調書の語句にとらわれることなく、調書の中に見え隠れする少年の真意を読み取るきめ細かな審理と判断が要求されるはずである。にもかかわらず、本件裁判官が、審判廷において供述調書の記載と審判廷における供述が相違する理由を少年に質すこともなく、付添人の質問によって少年が供述した捜査官の誘導・強制の事実に耳を傾けることもなく、漫然と供述調書の方が信用できると判断したのは、遺憾と言うほかない。

(三) 関係人の供述

原決定のいう「犯行後、同趣旨のことを聞いた旨の関係人の供述調書」なるものについては、何を指すのか全く不明である。犯行後、聞いた関係者といえば×○の仲間しかいないのであるが、

Cは、少年が、

「俺、野球バットで顔を殴られてから、鉄パイプで頭や体を殴られ、このままでは殺されると思い、しかたなくナイフで相手を刺した」と言うのを聞いている(同人の5月30日付警面調書)。

Dは、

「K・Sは、体をぶるぶる震わせながら、2人刺しちゃったとポツリ言ったのです。」「するとK・Sは、よく判かんない、目をつぶってやっちゃったと血の気の引いた青い顔で答えたのです。」と述べ(同人の5月30日付警面調書)、

Oや少女達は、少年が、2人したとか、腹を刺したとか言うのを聞いているのみである。これらの供述は、むしろ少年の審判廷での供述が真実であることを裏付けるものであって、少年の殺意を認定する根拠足り得ないことは明白である。裁判官は、「腹を刺した」という少年の言葉が、「腹を狙って刺した」と同意義だとでも判断するのであろうか。「腹を刺した」という表現は、少年が「腹を狙って刺した」のではない場合にも、「自分の行為の結果が相手の腹を刺したものだった」という意味において使うものである。何よりも、「目をつぶって」腹を狙うことなどできようはずがないのである。

(3) 殺人の故意の不存在

以上要するに、刄物の形態や刺傷の部位は、それ自体で殺意があったと推認させるようなものではなく、原決定が根拠とする少年の供述には任意性がない。

(一) 少年の供述

少年は、付添人に対する供述調書、ならびに審判廷において、「体ごとそのまま振り向き、自分は右手をスッと出しました。右手にはナイフを持っていましたが、それがそのまま、相手の勢いがすごかったので、ナイフがズボっとささったような感じになったのです。ナイフを持って右手を出したのは、このままでは自分がやられてしまうと思ったからです。又、相手の腹部を狙ったというのではなく、手を出したらそこに刺さったという感じなのです。」と述べている。

(二) Aの供述

また、Aは、警面調書において、「(男が振り返ったとき)、私と男の距離は、接する位近く、男が振り返ると同時位に左腹が急にしめつけられるような強い痛みを感じた」と述べ、審判廷でも、「自分は、刺される前にはナイフを見ておらず、左腹がチクッとしたので見たら刺されていた」と述べている。この供述から見ても、少年に体のどこかを狙う余裕などなく、右手をそのままスッと出したら、そこが腹だったというのが実際であったことがわかる。また、原決定がいうように、「少年が力一杯突き刺す」ためには、右手の肘を曲げ、自分の右脇腹にぴったり付けて相手に体当たりするか、少なくとも右手の肘を曲げたまま後ろに引いてから、前に突き出すといった動作が必要であり、そのような動作をすれば、当然少年の体が一瞬Aから遠のき、Aにナイフが見えたはずである。

(三) Bの場合

Bに対しても、少年は、Bが少年の肩をつかめるほど接近した状態で(Mの警面調書)、振り向きざまにナイフを持った手を伸ばしたのであり、しかもBに殴られながらのことであるから、右と同様の理由で、どこを狙うといった余裕など到底なかったのである。Bの腹にナイフが刺さった直後、少年をスコップ等で殴った○○の他の男達にしても、少年が、前記のように、Bに対し、力一杯その腹を狙うような変勢を取れば、Bが刺されているということがわかったはずであり、そうであれば、Bの腹にナイフが刺さっている状態のままで、少年を殴るような行為には及ばなかったはずである。

結局、少年に殺人の故意はなく、Aに対してもBに対しても傷害の故意があったにとどまると認定されるべきである。したがって、少年のAに対する行為は傷害罪に、Bに対する行為は傷害致死罪の構成要件に各々該当する。

二、少年の行為の違法性……正当防衛か過剰防衛か

原決定は、少年の行為が、<1>急迫不正の侵害の下に、<2>防衛の意思をもって為されたものであり、<3>防衛行為の必要性があったことは認め、ただ、<4>防衛行為としての相当性がなかったとして、過剰防衛を認定した。

しかし、<1>急迫不正の侵害の内容について、Aが武器を持っていなかったと認定した点で、事実誤認があり、<4>防衛行為としての相当性については、法益権衡についての法令適用の誤りがある。

1、急迫不正の侵害の内容……Aの武器の所持

Aの6月4日付警面調書によれば、同調書添付図面2枚目の<5>の位置から、少年が逃げ出したのを見たAは、○○の誰も少年を追っていなかったので、自分が追いかけて殴ってやろうと、追いかけ始めた。

同人の供述調書によれば、このあと同人は、図面の<B>で少年に後ろから足蹴りを加え、いったん体勢を崩したものの、また追いかけて、少年の両肩を両手でつかんだところ、これと同時位に少年が振り返り、同時に左腹に急にしめつけられるような痛みを感じたとされている。

Aの供述は、2点で少年の供述とくい違っている。すなわち、<1>少年はバットで足を殴られたと言っているのに対し、Aは足蹴りにしたと言い、<2>少年が(Aと思われる男に)棒か何かで襲われ、その際、左手小指を骨折したと言っているのに対し、Aは両手で両肩をつかんだと言っている点である。

(一) 少年の供述調書

少年の検面調書では、足をやられた件については、バットでやられたとされているが、最初に刺した相手については、「手には何ももっていないような感じでした」と記されている。この記載は、少年が、付添人に対する6月22日付供述調書2頁で詳しく述べているとおり、捜査官の強制によるものであって、事実に反する。

また、少年の6月9日付供述調書には、「俺は前にこの男にバットでたたかれたと話しましたが、俺の間違いで、……この男は何も持っていなかったものと思います。」と記載されているが、これはむしろ、少年が真実を述べているにもかかわらず捜査官が強制し、無理矢理訂正させたことの証左と言うべきである。

(二) A供述の不合理性

合理的に考えても、武器を手にしていなかったとのAの供述は、信用しがたい。まず、Aは、車から出て、図面<5>の位置に行くまでは、木刀を持っていたが、「私一人だったので、どこから敵が来るかわからないので、持っていると襲撃される等と考え、図面の<5>の付近の花壇に捨てました。」と述べている。しかし、どこから敵が来るかわからない状況の中で武器を捨てるというのは、きわめて不自然な行動である。まして、他の誰も追いかけてない少年を自分が追ってやっつけてやろうと思ったのなら、一度捨てた武器を拾ってでも、武器を手にして追っていくのが普通であろう。また、少年の足をバットで殴り、後ろから迫ってきたのがAではなくBということも、ありえない。Aは、他の○○がまだ少年の逃走に気づく前に、図面<6>から図面<B>へ、道路を垂直に、いわば最短距離で横切って少年を追ったのに対し、Bは、Aより出遅れ、しかも道路を図面<A>から<B>へ斜めに横切って追ったのである。当然、初めに少年に追いついたのは、Aであるはずであり、これは、同人も認めるところである。

(三) 少年の身体検査調書との矛盾

Aは、審判廷において、「少年を足蹴りにしたとき、自分は、少年の右横から、足を前に突き出すようにして蹴り、足の裏が、少年の右太腿外側にあたった」と述べているが、少年の身体検査調書に、そのような打撲症はなく、右太腿前部に卵型で中心部分の白い内出血痕があるのみである。該内出血痕は、少年の「Aと思われる男が、右横からバットをバッターのようにかまえて、自分の右太腿前部を殴った」という審判廷での供述とぴったり一致する。武器を持たずに足蹴りしたのであれば、追いつきざまに太腿前部を蹴ることなどできようはずがない。

さらに、少年は、自分自身の受傷の経緯を詳細に記憶しており、付添人の最初の接見の時から、くり返し、同じように述べているところから、その正確性はかなり高いと思われるのであるが、その受傷の経緯の中に、Aに後から襲われた時以外、左手小指の骨を骨折(身体検査調書)するような状況はない。

(四) Aが捨てたと称する武器の不存在

また、記録第12冊は、本件の広い意味の現場である3個所の現場についての実況検分調書ならびに現場で発見された遺留物の領置調書類であるが、Aが、植え込みに捨てたと供述した木刀は、同所から発見されていない。それどころか、3個所の全現場を通じて、木刀は1本も発見されていないのである。

検証は、5月28日の朝10時30分から行われ、○○駐車場や○○マンション敷地内はもとより、○○宅敷地内やスイミングクラブ敷地内、道路両側の歩道植込み内にまで及ぶ広範囲に行われており、現に植込み内から財布やスコップなども発見されている。このような詳細な検証にもかかわらず、Aの木刀が発見されなかったということは、取りも直さず、同人の供述が真実を述べていないことの証左と言わねばならない。A自身、審判廷において、「警察官からも、この点は何度も指摘され、木刀を捨てたというのは本当かと疑われた」と述べているのである。

なお、本件の狭い意味での現場である○○マンション駐車場からは、金属製パイプ1本(Bが使用した武器と推定される)が発見されているのみで、その他には武器はおろか何らの遺留物も発見されていない。他の広い意味での現場から多数の武器、はきもの、所持品等の遺留物が発見されているのと対象的である。これは、少年への暴行後、AやBが刺されたことを知った○○達が、警察ざたになること予測して、全て持ち去ったためと思われ、Aが使用した武器も、このとき一緒に持ち去られた可能性が高いのである。

以上の点を総合すると、Aは、木刀かバット様の武器を手にしていたが、これを認めれば、自分も罪に問われることを恐れて、素手で少年を追ったという虚偽の供述をした可能性が高い。

(五) 原決定の問題点

上記の点については、付添人らが審判において、つとに指摘してきた点(意見書、同補充書、同補充書2)であるにもかかわらず、原決定は、これらA供述と矛盾する証拠については、何ら触れることなく、Aは武器を持っていなかったと認定した。しかも、そこで理由としている、Aの、「体格も良く、鍛えた体であって、少年を追うについて特に武器を必要としなかった」という審判廷での供述は、A自身は、捜査段階でも審判廷でも、そのようなことは全く述べていなかったにもかかわらず、裁判官が自ら、「君は、大変体格がいいが、何か体を鍛えるようなことでもやっているのかね」と尋ね、Aが「やっている」と答えると、「それで、武器などなくても、少年を追いかけられたのだね」と誘導した結果なのである。裁判官は、少年の審判廷での供述に真摯に耳を傾けることなく、警面調書や送致事実から得た心証に基いて、ことさら、これに添う証拠を探索する態度に終始したもので、このような審判は、公平な裁判とは言い難い。

2、防衛行為としての相当性……正当防衛か過剰防衛か

この点について、原決定は、少年が捜査段階以来、殴られたり、蹴られたりして恐ろしかったけれども、生命までは奪われる不安はなかった旨述べていること、調査官にも同趣旨のことを述べていることなどを理由として、少年の生命に対する急迫の侵害が存在したとまでは考え難く、身体及び自由に対する侵害が認められるに過ぎない、また少年には、弁当屋に逃げ込むなり、大声で助けを求める、ナイフで威嚇するなどもできたはずであるから、全体として、やむを得ない行為とは言えないと述べている。

(ー) 少年に対する侵害行為の危険性

(1) 少年の生命に対する危険の存在

まず第一に、原決定が、少年の生命に対する侵害が存在しなかったとしている点が問題である。そもそも、『生命身体に対する侵害』は、これを単純に、『生命に対する侵害』と、『身体に対する侵害』に分けられるような性質のものではない。

本件の場合、直接的には、Aがバット様の武器で後ろから襲いかかってきた行為、また、Bが鉄パイプを持って後ろから襲ってきた行為が侵害行為であるが、正当防衛の成立は全体状況の中で判断されるべきであるから、○○が、他の×○の少年らとともに少年を暴行した行為、ならびに10人位の○○が各々武器を手にして追って来ている行為をも侵害行為と見、少年の反撃は、これら○○の集団的侵害行為に対する反撃と見るべきである。○○の襲撃方法からすれば、少年自身多数の○○に取り囲まれ、鉄パイプやスコップで何度も頭部を強打されれば、生命の危険さえ予測できる状況であった。現に○○のリーダーであるNは、○○の構成員達に、「全員、武器を持て。殴るなら頭だからな。」と命じていたのである(A6月3日付警面調書)。

少年自身も、「このままでは殺されるかもしれない」(Cの5月30日付警面調書)と思っていたのである。捜査段階の調書では、少年にわざわざ「殺されることはないと思った」と言わせているが、これは、明かに審判で正当防衛が争点となることを予測して、捜査官が少年に『言わせた』供述である。少年は、審判廷では、「あのままなら、自分が殺されていたかもしれない」と述べ、裁判官の決定言い渡しに対しても、「それなら、僕はどうすれば良かったのですか。」と問うている。

(2) 調査官の事実調査

原決定は、少年が調査官に対しても捜査段階と同じ趣旨のことを述べたとして、審判廷における供述よりも信用し得るものとして挙げている。

付添人らは、少年の社会記録について再々閲覧を希望していたのであるが、完成したのが審判の直前であり、しかも、完成後は、裁判官が自宅に持ち帰っているとのことで閲覧できず、結局、最終回の審判の直前にわずか3分程度閲覧できたにとどまるため、調査官調査における少年の供述が如何なるものであるのかについてほとんど知りえないまま結審した。ところが、原決定後初めて閲覧して、少年に、この理由を聞き正したところ、少年は、「警察で、これから先、検察官のところや裁判所に行って、ここで調書にしたことと違うことを言ったら罪が重くなると言われたので、検察官にも調査官にも警察で調書にされたのと同じことを言いました。」と述べた。付添人に対してや審判廷においては真実が述べられたのに、何故調査官には、真実が述べられなかったのかと尋ねると、付添人については、「お母さんが、先生違には、本当のことを言っても大丈夫だと言ったので、安心して言いました。」、審判廷での供述については、「僕が、警察の調書と同じことを言おうか、本当のことを言おうかと悩んでいたら、鑑別所の定生が、『審判で、本当のことを言えば裁判官はきっとわかってくれるから心配ない』と励ましてくれたので、言えました。」ということだった。また、「自分は、警察官も検察官も調査官も皆同じ立場だと思っていた」とも述べている。(付添人作成の7月25日付供述調書)。

少年の調査官に対する供述は、このように警察官の「調書と異る供述をすれば不利になる」との脅迫的言辞に縛られていた結果為されたものであるから信用性がない。本来調査官が事実調査すること自体、問題のあるところであるが、本件の場合、調査官が少年に警察官や検察官との立場の違いを十分に説明していない点、法律上の争点となる点について、警察官や検察官と全く同様か、むしろそれ以上に厳しく理詰めで迫っている点で、その問題性は一層大きい。少年が、調査官も警察官も同じだと思ったのも無理からぬところがある。

その上、裁判官は、少年が調査官に、審判廷と異なる供述をしていることを知りながら、審判廷において、少年にその理由を一切質問せず、いきなり決定の中で調査結果を根拠に挙げているのである。調査官調査の結果は、事実認定において少年の不利益に採用してはならないというのが通説であり、原決定は、この点において、法令違反があると言わなければならない。

(二) 正当防衛における法益権衡

(1) 原決定の論理の誤謬

原決定は、あたかも、防衛行為の相当性が認められるためには、少年自身が、命まで奪われると思っていたことを必要とするかのように言う。言い換えれば、生命まで奪う防衛行為が認められるためには、侵害行為そのものが、身体に対する侵害行為では足りず、生命に対する侵害行為でなければならないとする論理を前提とするかのようである。

しかしながら、これは、原決定が被害者の死という結果に目を奪われ過ぎた結果、防衛行為の相当性について、『死という結果を招いてもやむを得ないと言えるほどの侵害行為があったか否か』という観点から考察したために生じた誤謬である。防衛行為の相当性は、『侵害行為』と『防衛行為』との比較において為されるべきであって、『侵害行為』と『防衛行為の結果』との比較において為されるべきではないこと論を待たない。しかも、緊急避難の場合と異なり、正当防衛の場合には、その防衛行為が唯一の方法であることを要せず、また厳格な法益の権衡は要求されないのである。

判例は、

「已むことを得ざるに出たる行為というには、必ずしも他に執るべき方法がないばあいに限るというわけではない」(大阪高判昭42.3.30、下級刑集9-3-220)「已むことを得ざるに出たる行為とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己又は他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち、反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味し、その限りにおいて反撃行為から生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛でなくなるものではない。」(最判昭44.12.4、刑集23-12-1573)としている。

(2) 正にやむを得ない状況となってのみ為された少年の防衛行為

少年がナイフによる防衛行為に及んだのは、○○駐車場入口において既に集団暴行を受け、たった1人で深夜10人もの武器をもった男達に追跡されて、その先頭をきっていた被害者らに正に追いつかれ、バット様の武器や鉄パイプで頭部を殴打された瞬間のことである。しかも、同時に少年は、路地だと思った所が実は駐車場であって、行き止まりだと知ったのである。この時の少年の恐怖は察するにあまりある。このような、言わば断崖絶壁に立たされたとき、少年は夢中でナイフを抜いたのである。少年と同様の状況下に置かれれば、たとえ一般人でも、携行しているナイフを使用することは大いに考えられることである。

少年が、喧嘩、抗争用にナイフを持っていたのでないことや、安易にナイフを使用したのでないことは、○○駐車場前で現に集団暴行を受けても一切ナイフのことに思い及ばず、逃走中に腕にナイフがあたって初めてナイフを持っていたことに気づいたこと(少年の審判廷での供述、なお、調査官調査の際も同様に述べている)からも明白である。

上記のような状況下において、たまたま携行していたナイフを取り出して相手を刺す行為に及んだとしても、その行為は、「已むことを得ざるに出たる行為」と認められるべきである。

(3) 『他にとるべき方法』の有無

原決定は、少年には、弁当屋に逃げ込むなり、大声を出すなり、ナイフで脅かすのみにするなど『他にとるべき方法』があったという。しかし、前記判例からすれば、『他にとるべき方法』がなかったことを要件とすること自体に法令適用の誤りがある。

また、『他にとるべき方法』があったというのは、裁判官が、現場の検証も行なっていないからこそ言えることである。少年が弁当屋の前を通ったときは、必至に逃げている最中であり、まだ逃げおうせると思っていた少年には、先を急ぐことばかりが頭にあり、弁当屋がそこにあることすら目に入っていない。少年が、これ以上逃げられないと知って立ち止まったのは、弁当屋の角を曲がり、○○マンション駐車場に入ったときである。マンションは、この駐車場方向にベランダを向けて建っているが、午前0時30分には既に明かりが消えている家も多く、明かりがついている家にしても、ガラス戸やカーテンは閉まっており、駐車場で大声をあげても、その声が届こうはずがない。仮に、声が届いたとしても、誰も助けに来る可能性はなかったこと、近隣住民や目撃者の供述で明らかである。○○駐車場は、日頃から暴走族の溜り場であり、騒ぎが起きるのは日常茶飯時であったのに、警察に通報しても容易に出動してくれず、住民達は、半ば慣れっこになってしまっていたのである。

また、被害者らは、既に少年に追いつき、バットや鉄パイプで少年を殴っている最中だったのであるから、このような状況下で、ナイフで脅かすのみにすることもできたというのは、正しく結果論であって、不可能を強いるものである。原決定は、正当防衛についてまで、緊急避難と同様に厳格な法益の権衡を要求しているに等しい。

凶器による暴行、傷害等生命・身体に対する脅威を排除するためには、侵害者の生命を害するに足りる手段を用いて反撃を加えることが許されて然るべきである(注釈刑法(2)のI、239頁)。

(4) 判例にみる法益権衡

また、判例は、反撃行為が相手に死の結果を招いた場合にも、下記のような場合に正当防衛を肯定している。すなわち、

背の高いどう猛な人相の、狂暴な朝鮮人という噂のある人物が生木で撲りかかり、被侵害者が生木を奪い取ったのになお素手で組みつこうとするのに対して、奪った生木で相手を殴り死亡させた事例(最判昭26.3.9)

口論中作業用のハグチにより殴打されそうになったので作業用のスコップで反撃し傷害致死の結果を生じさせた事例(大判昭9.12.12)

3人組に暴行を受けている友人の生命が危いと思い、これを裁出するとともに加害者に攻撃を加えるため、自宅から散弾銃を持ち出して現場にもどり、3人組の1人の妻から友人の原在を聞き出すためその腕をとったところ、夫に「殺してやる」といって追いかけられ、11メートル位逃げたものの追いつめられると思い、振り向きざま銃を発砲した事例(最判昭50.11.28、判時802-115)

バーの出入口で被害者4人とすれ違いざま、被告人の弟が被害者の1人の顔辺りを押し、これに憤慨した同人が、弟の顔面を強打し、更に路上において殴打、暴行に及んだことから被告人がビールびんの割れた口片部を被害者に突き出、し、それが同人の頸部に当たり死亡させた事例(仙台高裁昭53.7.4、判時924-136)

少年が実母と口論になり、実母が包丁を持ち出して少年に切りかかってきたので、少年がこれを防ごうとして、同女ともみ合ったうえ、右包丁を奪い取ったが、更に同女がひるむことなく少年に立ち向かってきたので、その手を振り払って包丁を確保し続けようとして、包丁を突き出したため、同女の右胸部、右上腕部及び左頸部を突き刺し、頸部刺創が致命傷となって同女を失血死させた事例(東京高判昭和59.6.13、判時1122-172)

などである。

防衛行為が相手の死を招く危険性から言えば、散弾銃などは、本件ナイフの比ではなく、反撃のために、わざわざ散弾銃を持ち出している点でも、本件少年が、たまたまナイフを携帯していたことに比べれば、違法性が高い。にもかかわらず、この事件で、裁判所が正当防衛を認めたのは、追いつめられて、振り向きざまに発砲した点を汲んでのことであろう。とすれば、本件の場台にも、否、本件の場合であればなおさらのこと、正当防衛が認められるはずである。

最後の事例は、少年の行為を過剰防衛として中等少年院送致を決定した家庭裁判所の決定に対する抗告審判決であるが、少年の反撃行為を全体的に評価し、かつ少年が同女の左頸部を刺したのは、同女が右足を折るようにして倒れかかり、その際に少年の突き出した包丁の刄が同女の首に刺さったものであるとしている点、「たまたま死亡という重大な結果が発生したからといって、直ちに少年の行為が相当性の程度を超えたものと判断すべきではない」と判示している点で注目に値する。

本件においても、少年が、「振り向きざまにナイフを持った右手をスッと出した」ら、「それがそのまま相手の勢いがすごかったので、ナイフがズボッとささったような感じになった」(Aに対する行為―付添人に対する少年の供述調書、少年の審判廷での供述)のであり、「振り向きざまにシュッと右手を出した」ところ、「その間に後から、スコッブか何かで、額や肩を殴られ、」「相手がこのように自分を殴っていたので、ナイフが全部入ってしまった」のである(Bに対する行為一付添人に対する少年の供述調書、少年の審判廷での供述)。

AとBがともに先頭をきって少年に追いつこうと、全速力で少年に迫り、丁度少年に追いついて、少年の体と同人らの体が接するばかりの体勢で少年が振り向いたことを考えれば、ナイフが深く刺さったり、致命傷にまでなったのは、むしろAやBが少年を襲ってきた勢いや他の男達が少年を殴った勢いで刺さったナイフが動いてしまったためと考えるべきである。本件の場合、少年の行為のみとAの傷害の重篤性、Bの死の結果とに因果関係があるのではなく、少年の行為に被害者や他の男達の行為が加わった結果、このような重大な結果が発生したのである。

以上の点から、少年の行為には、正当防衛としての相当性が認められ、全体としても正当防衛の成立が認められる。

三、犯罪の成否

以上述べたところから、Aに対する少年の行為は傷害罪の構成要件に該当し、Bに対する少年の行為は傷害致死罪の構成要件に該当するものの、いずれに対する関係でも正当防衛が認定されるべきであり、原決定には重大な事実誤認ならびに法令適用の誤りがある。

四、本件現場における警察官の存在

本件で、×○の少年達が○○に集団暴行を受けているその時、現場である○○駐車場脇に私服警察官がいたことは、見逃せない事実である(千葉県警察本部交通部交通指導課司法警察員○○作成の平成元年5月18日付暴行傷害事件現認捜査報告書)。×○の一員であるDは、他の少年達が暴行されている最中、うまく攻撃を避けて逃げ出したのであるが、その際、駐車場脇で、2人の刑事に警察手帳まで見せられ、「お兄さん、ここにいては危ない」などと、声をかけられている。(意見書添付の付添人のD接見メモ)。彼らは、少年達が暴行されているのを目のあたりにしながら、何らこれを防止せず、傍観していたのである。

右捜査報告書には、×○と思われる少年達が集団暴行を受けている状況が報告されているにもかかわらず、この直後に発生した本件死傷事件については何ら記載されておらず、きわめて不自然である。付添人らは、この点について、千葉県警察本部交通部交通指導課宛に、弁護士法23条に基づく照会をしたが、今日までに何らの回答もない。いずれにせよ、この段階で、警察官らが○○の暴行を制止するか、少なくとも、警察官の存在を誇示していれば、次の段階での本件死傷事件は未然に防げたはずである。このような警察官の消極的態度が、本件のような不幸な事件を招いたと言っても過言ではない。

第二、審判手続きの法令違反

第一項で述べた決定に影響を及ぼす法令違反の他、次の事項は決定に影響を及ぼす法令違反があるので、原決定は取り消されるべきである。

一、記録閲覧等が十分なされる機会を与えられなかったこと

言うまでもなく、審判開始決定後、付添人は無条件で記録を閲覧できる権利がある。また、謄写については裁判官の許可にかからしめているが、通常非行事実を争っている以上、謄写を許可されるのが適正手続きから要請され、許可されている。

本件は、膨大な捜査記録が送付され、付添人らは、直ちに記録の閲覧謄写申請したが、裁判官が自宅に持帰るなど裁判所側で使用していることが多く、十分閲覧謄写できなかった。調査官の調査記録も遅くなって漸く出来上がり、しかも、謄写は不許可ということで、わずか3分間しか閲覧出来なかった。したがって、付添人において、審判時に、少年に対し、捜査記録、調査官記録に基づいた尋問は十分出来なかった。また、裁判官もそれらに依拠した尋問を少年に対しあまりしなかった。

しかるに、原決定は、審判廷での少年の供述より、捜査記録、および調査官記録での少年の供述の方が信用できると判断し、殺意を肯定し、また正当防衛を否定した。

前記各記録が十分閲覧や謄写するなどして十分検討し得た状態で少年に審判で尋問できれば、殺意を否定され、また正当防衛を立証できた可能性が十分ある。

よって、右は決定に影響を及ぼす法令違反がある。

(なお、決定後も同様、裁判官が自宅に持帰るなどして閲覧が十分出来ないことを附記する。)

二、調査官の調査結果を非行事実を積極的に認定する資料とした違法

調査官の調査は少年の要保護性について判断するためのものである。非行事実については法律家でない調査官の範囲外で、非行事実を確認するのは審判でという見解もある。ただ、要保護性の判断の資料とするため、非行事実についても調査対象になるとの見解もある。

しかしながら、いずれにしても、これを非行事実の積極的認定の資料に出来るかという点になると、否定されているのが通説である(少年事件執務資料集(一)890、家裁月報34.2.106、別冊「判例タイムスNo.6」153頁)。

これは、そもそも、調査官の行なう調査は、信頼関係を下に要保護性に関する資料収集を目的としていること、面接の際、黙秘権を告知していないこと、少年の確認など正確性の担保がないことが理由とされて否定されるのである。

しかるに、原決定はこれを採用し、少年の非行事実の積極的認定の資料としていることは第一項で述べたとおりである。

したがって、この手続き違反もまた、決定に影響を及ぼす法令違反である。

三、捜査記録を遅滞させたまま送付させた違法

事件を家庭裁判所に送致する場合は、捜査を遂げていなければならない(少年法42条)。捜査を遂げているはずであるから、捜査記録も当然事件送致段階で送付されるべきである。

しかるに、本件中、当初送致された殺人および殺人未遂事件についてさえ、前第一項で述べたAが捨てたという場所から凶器が発見されなかった旨の記録、事件現場の状況などの報告書などの捜査記録が、観護措置期間ギリギリの段階で送付されてきた。この記録の送付が遅れたため、付添人側の防御が十分できないまま審判せざるを得ず、その結果、原決定になったものである。

これら記録は早い段階で当然存在が認められるはずだとして、原裁判所において送付させるべきであったのに、漫然と審理が終了間際まで放置したため、送付が遅れたもので、これも決定に影響を及ぼす法令違法である。

四、決定の違法な言渡し手続き

1、少年審判における決定は、判決の言渡しと同様、その趣旨が当該少年に理解できるよう言渡さなければならない。それは基本的人権として保障されている裁判を受ける権利からも導かれる。

2、少年審判の決定言渡しは、判決の言渡し以上に、少年に理解できるような態様でなされる必要がある。なぜなら、言うまでもなく、少年審判は、単なる審判の場だけではなく、少年の更生のための教育の場でもあるからである。

3、少年審判における証拠調べ義務について判断した流山高校事件最高裁決定の中で、団藤裁判官は、「適正手続は……保護処分を言い渡すばあいにも推及される。」「このような要請は……実に法1条の宣明する少年法の基本理念から発するものである。……少年に対してその人権の保障を考え納得の行くような手続をふんでやることによって、はじめて保護処分が少年に対して所期の改善効果を挙げることができるのである」と補足意見を出しているが、まさにこのとおりである。少年の処遇、特に少年院での処遇を有効適切になしえるためには、どういう非行事実でどういう理由でそのような処分がなされたか、少年自身が納得できるよう、十分理解させる必要がある。何が何だか理解できないままでは、納得はおろか、到底、少年院での処遇がなしえないのは、誰が考えても明らかなことである。

4、しかるに、今回の決定の言渡しは、まさしく少年にとって何が何だかわからないままなされたものである。少年は主文のみしか理解できず、非行事実の認定理由、要保護性の認定理由においては、およそ理解できないままなされた。付添人らの申入れにより、一部敷衍して少年に対し言渡されたが、不十分なものであった。付添人らは、再度申入れたが、原審裁判官は、「不服があれば抗告して下さい」として、少年に対して理解できるような説明なく、審判を終了させてしまった。

5、これは違法というほかない。

のみならず、これまでの審判過程で、少年に日本社会に対する信頼が徐々に生れつつあったものが、今回の事態で、一気に崩れてしまったものと考えられる。これは家庭裁判所の役割と矛盾するどころか、それによって少年の心を深く傷付け、少年の今後の処遇にとっても大きなマイナスになったものと考えられる。

よって、これも決定に影響を及ぼす法令違反である。

第三、処分の著しい不当――少年の要保護性について<省略>

図面<省略>

〔参考4〕受差戻審(千葉家 平元(少)3415号 平元、9.21決定)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例